商店街の歴史

発寒地区のはじまり

発寒の地名は、この地にムクドリが群生していたことからアイヌ語の「ハチャム・ペツ」(ムクドリのいる川)を語源としています。
発寒地区は、中国の屯田兵制にならい武士が辺境の地に居住し、その地の警備と開墾に従事するという制度により開拓されました。入地早々はまだ家もなく、アイヌとの交易に使われていた空き蔵を一時しのぎに使ったと言われています。彼らは、現在の稲荷街道沿いあたりに入地し、農作物を栽培しながら発寒の開拓にあたりました。その後、明治9年琴似屯田兵村の分村として発寒にも32戸の屯田兵村ができたことにより、人口の増加や市街化が進みました。
このように発寒は、在住武士と屯田兵による開拓という本道でも数少ない例によって開かれた地域といえます。

【写真・文章】昭和31年当時の様子  「西区のおいたち 区制施工20周年記念誌」より参照 

大正9年、発寒小学校前踏み切りから新川間約2,2キロが琴似町道になりました。そして昭和30年札幌市との合併で市道になった時、踏切から南側を加え現在の延長約3,7キロ、幅員5,45~20メートルの道路が完成しました。
馬車がぬかる悪路も、明治以来の排水路も昭和42年以降進められてきた歩車道の整備で近代的な舗装道へと姿を変え、沿線の街並みも昭和36年の木工団地の開設などを契機に住宅や商店が急増しました。
昭和10年頃までは、あまり住宅もなく店も売店程度のものしかありませんでした。当時から道路の用地は10間(約18メートル)ほどありました。両側に排溝があり、実質的には馬車が往来できる程度の道幅でした。また、下手稲線から北は笹やぶで人が通る程度でした。そののち写真のように店が立ち並び地域も発展していきました。
【写真】昭和42年当時の稲山通(現 ぎんなん通り)

発寒北地域に商店ができたのは昭和37年、稲荷街道(現ぎんなん通り)に開店した雑貨店と衣類寝具の店が最初という。その後2,3年の間に次々と十数店が開店、市場や飲食店もできて商店街が形成されていった。昭和42年に今の地区会館の斜め向かいにAコープが開店、初のスーパー形式の大型店として地域の核店舗になった。昭和50年には市営団地の隣に市民生協が出店した。この両生協店舗とも現在は閉店している。
また金融機関も、昭和43年に農協金融店舗と中央信用組合発寒支店ができ、昭和50年になると北洋相互銀行(現北洋銀行)発寒支店がオープンし ている。  
【写真】昭和52年頃のぎんなん通り 発寒北連合町内会40周年記念誌「わたしたちの住む町 発寒北」より参照

ぎんなん通り(旧稲山通)は稲荷街道とも呼ばれ、開村当時から主要道路であった。かつては両側に排水溝があって、路面が柔らかく馬車がぬかって難儀したこの通りは、今は地域の中心として商店街を形成しており、昔日の面影はすでに語り草になっている。
 この道路の近代化のスタートは昭和47年から着工された排水溝の暗渠化工事であった。これに合わせて当時の商店街振興会が中心となって稲荷街道水銀街路灯組合を設立し、ハイウエイ型の水銀灯52基を設置して様相を一変した。その後、ナナカマドの街路樹が植栽され、また路面舗装や歩車道の分離、水銀灯のナトリウム灯への切り替えなど目に見えて近代的な商店街になった。
 平成4年には流雪溝工事が始まったが、このとき、発寒北商店街振興組合が中心となって歩道をカラー舗装し、従来のナトリウム街灯をしゃれたデザインの水銀灯に切り替え、並木もナナカマドに代わって銀杏が植えられた。そして平成6年、発寒北商店街振興組合が装いを一新したこの通りの愛称を募集し、並木の銀杏に因んだ「ぎんなん通り」が採用され、平成8年にはプレートに刻んで街灯に取り付けた。
【写真・文章】発寒北連合町内会40周年記念誌「わたしたちの住む町 発寒北」より

発寒周辺の写真

上記写真は地域の有志の方々(プライバシー保護のため写真提供者の氏名は公表していません)から提供いただいた貴重な写真です。無断での転載・使用を禁止します。


発寒北商店街の主なうごき

2009年8月〜2018年2月 地域通貨流通

発寒北商店街振興組合が母体となり地域通貨である「アトム通貨」を導入。アトム通貨実行委員会札幌支部が発足しました。
2018年2月取り扱い終了しました。

2010年2月 いってみたい商店街 大賞受賞

2010月2月 第3回いってみたい商店街&お店北海道表彰で大賞を頂きました。
経営改善や個性化、新たなサービスの提供など、先進的な取組によって地域経済の発展に寄与している商店街や個店の優れた取組を表彰する「いってみたい商店街&お店北海道表彰」を実施しており、第3回では下記のとおり受賞されました。

第3回いってみたい商店街&お店北海道表彰
■商店街部門
「いってみたい商店街大賞」 発寒北商店街振興組合(札幌市)
「いってみたい商店街準大賞」輪西商店街振興組合(室蘭市)・下川町商店街連合会(下川町)
■お店部門
「いってみたいお店大賞」株式会社満寿屋(ますや)商店(帯広市)
「いってみたいお店準大賞」曲イ田中酒造株式会社(小樽市)・食彩工房美花夢(びかーむ)(下川町)

2010年4月 野幌商店街と連携協定

2010年4月28日 野幌商店街振興組合と連携協定締結。
道内で商店街同士の連携・協力締結は初めて。
地域通貨やコミュニティ・カフェなどについて定期的に連携・協力会議を開催して情報交換等を行い、一層の取り組みの充実を図ります。
締結式には両商店街の役員のほか、元高木北海道商店街振興組合連合会専務理事、井上唯文札幌市経済局長、加納好春江別市経済部長が立会人として出
席していただきました。

2010年8月 エコイベント開催

2010年8月28日 エコイベント「はっさむハツキタの日」開催。
「40年後、札幌で一番住みやすい街づくり」を掲げ、リサイクル・地産地消・清掃活動・教育の4つをテーマに発寒神社境内でイベントを開催しました。イベントでは65歳以上の地元住民によるフリーマーケットや廃食油によるローソク作り、道産品の販売、廃食油・ペットボトルキャップ回収、商店街加盟店の露店、蓄音機コンサート、お掃除クイズラリーなど多彩な企画でした。

2010年10月 初めてのハロゥインイベント

第1回 HappyHalloween in Hatsukita 開催。参加店舗は13店、参加者は約150名でした。
初回のハロゥインイベントで、「あくまで試験的に」スタートしたのが始まりです。
子供たちと参加店スタッフの笑顔があふれるイベントとなり、これは来年もやらなくては!と恒例行事となりました。

2012年9月 札幌鉄工関連協同組合 連携協定締結

2012年9月5日 札幌鉄工関連協同組合と連携協定締結
それぞれの会員企業・加盟店の発展と発寒地域の振興に資する事を目的に連携、協力するため協定を締結しました。

2013年12月 コミュニティ施設にこぴあ開設

2013年12月21日、発寒11条4丁目にコミュニティ施設にこぴあOPEN。
1Fは全国的にも珍しい「商店街が運営するデイサービス」、2Fは会議やイベントにも使用できるフリースペース。

2014年3月 「地域でがんばる商店街」受賞

2014年3月20日 経済産業省北海道経済産業局長「地域でがんばる商店街」でハツキタ商店街が表彰されました。
選定理由~経済産業局パンフレットより~
「20年後もくらしていたいハツキタ」をテーマに掲げ、子供から高齢者まで多様な人が支え合い、集う商店街作りを目指し、地域住民が交流する拠点
を設置し 「つけもの教室」や「子育て相談事業」等の世代間交流事業を行うほか、各種イベントを開催している。また、地域住民を対象に日々の困りごとに対応する「ハ ツキタくらしの安心窓口」を開設し、商店街が暮らしの安全・安心を担っている。さらに、平成25年12月には地域住民のニーズに応え、介護・デイ サービス 機能を備えたコミュニティ施設を開設、運営に乗り出す。

2017年7月 さっぽろ食の安全・安心推進協定締結

札幌市と『さっぽろ食の安全・安心推進協定』を締結しました。
この協定は、「安心・安全な食のまち・さっぽろ」の創造を目指し、食の安全確保と消費者への信頼の向上を図り連携・協働し取り組んで行くものです。
札幌市内の商店街としては初の締結であり、今後も加盟する各店の先頭に立ち地域の皆様や来街するお客様に安全で安心な食を提供してまいりたいと思います。

40年後、札幌で一番住みやすい街へ

ハツキタ商店街では『40年後、札幌で一番住みやすい街へ』を合言葉に様々な活動を通じて地域コミュニティの担い手となるべく商店街活動をしています。
これからもイベント、各種事業など新しいことにもどんどんチャレンジしてまいります。

フォトギャラリー

ハツキタ商店街(発寒北商店街振興組合)011-663-8541受付時間 10:00-16:00[ 月・水・金のみ]

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